気まぐれ日誌 〜 お散歩ライフ 〜

アルキニスト〜その日の景色

山の手線一周 ウォーキング

山の手線一周は、路線距離で34.5km。徒歩で周囲を歩く40km程になるそうです。今まで歩いたことのない距離を歩いてみたくなり、11/3 ついにチャレンジしました。


1.東京(丸の内)
丸の内駅舎は1914年に竣工された。その後、2戦災で焼失したドームなど2012年に復元工事が完了。東京駅全体が重要文化財

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6:30 やや緊張してスタート

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百里の道も一歩から

 

 2.神田
地名は、伊勢大神宮に稲の初穂を納める「神田」が置かれていたことに由来するそうです。

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6:46 神田

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 西口の繁華街

 

神田〜秋葉原
神田川は、江戸時代に日比谷入り江に流れていた平川を城の外堀として掘削し隅田川に通したものだそうです。飯田橋あたりからこの辺まで人力で掘ったとは大変だったでしょうね。

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まだ人通りの少ない電気街

 

 

 3.秋葉原
地名の由来は、明治二年の大火後に設置された火除地の神社が秋葉原権現を祀るものだったことだそうです。ブラタモリで紹介していた。

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 7:01 秋葉原

 

秋葉原から御徒町

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アキオカ アルチザン

秋葉原御徒町間のJR高架下の商業施設。東京駅から2キロ540メートル地点にあるので2k540という名前にしたそうです。

 

 4.御徒町
江戸時代末期まで、従士(かち)組の屋敷が多かったことから、御徒士町と言われるようになったそうです。ちなみに徒士(かち)は、騎乗を許されない下級武士で、江戸幕府では御家人に当たる身分です。

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 7:12 御徒町

 

御徒町から上野へ

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プロも通う鮮魚専門店 吉池

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アメ横を通り上野へ

 

5.上野
上野の地名は、平坦な高台と言うだけですが、
下谷(浅草・本所・深川)と対になる名称だそうです。

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7:22 上野

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広小路口 翼の像

 

上野〜鶯谷

上野に来たら西郷さん。寄り道。

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 朝のすがすがしい上野公園

 

6.鶯谷
寛永寺の住職は代々京から皇族がやってきた。その一人が元禄時代に「江戸の鶯は訛っている」と、京都から鶯を運ばせて放ったと伝えられている。地名は、この辺りの谷あいが鶯の名所であったことに由来。

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7:44 鶯谷

 

鶯谷〜日暮里へ

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有名なラブホ街を通る

 

7.日暮里
元は新堀という地名で、江戸時代に一日いても飽きないという意味で「ひぐらしの里(日暮里)」と改名された。花見や月見の場所として江戸時代の観光スポットだったそうだ。

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8:02 日暮里

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鷹狩りをする太田道灌

 

8.西日暮里
この辺りは、谷中、根津、千駄木この三つのエリアを頭文字を取り“谷根千”と呼ばれ、散歩コースとして人気です。

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8:12 西日暮里

 

9.田端
地名の由来は、田畑か、田の端(かたわら)だそうです。インパクトないですが、のどかな農村だったのでしょう。

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8:26 田端   〜  山の手線、最北端の駅

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田端駅前 金ピカ裸婦像。インパクトあるよ。

 

 田端〜駒込

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この辺は文士が多く住んでいたそうです。

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山の手線、唯一の踏切。

LITE社のゴルフボールオブジェが印象的

 

10.駒込

日本武尊が東征のおりに、味方の軍勢を見て「駒こみだり(馬がたくさんいる)」といったことに由来するそうです。

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 8:46 駒込

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駒込

 

11.巣鴨
地名は南北朝の頃から見え、須賀茂・菅面・洲鴨・州処面などと書かれた。もともと巣鴨駒込から池袋あたりまでの広い地域を指す名称で、この辺り一帯に川や沼が多くあり、鴨なども棲息していたのだろう。

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9:02 巣鴨

 

巣鴨に来たので、とげぬき地蔵尊に寄り道。

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巣鴨地蔵通り商店街

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江戸六地蔵尊 眞性寺

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高岩寺 とげぬき地蔵尊

 

巣鴨〜大塚へ

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線路は続くよ、どこまでも♪

 

12.大塚
大塚は、豊島区の地名ではなく、元は文京区にあった地名を駅名としたもの。この辺りも巣鴨であったが、巣鴨が駅名として先に使用されていたため大塚となった。ややこしい。大塚は、諸説あるが、大きな塚(古墳)があったことに由来するらしい。

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9:36 大塚

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 都電 荒川線

 

大塚〜池袋へ

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 遥か向こうに豊島清掃工場の煙突が見える

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ひたすら歩く

 

13.池袋
村の東北に水田があり、その辺りが窪地になっていて地形が袋のようになっていたらしい。
巣鴨もそうだが沼や池が多かったようだ。

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10:10 池袋

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お約束の「いけぶくろう」

 

14.目白
目白の地名は、諸説あるが、江戸時代、慈眼大師五色不動を造立した際、白い目の不動像が置かれたことに由来するらしい。

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10:30 目白

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オリンピックポール

1964東京オリンピックの時に、参加国の国旗掲揚のために立てられたもの

 

目白〜高田馬場

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切手博物館

 

15.高田馬場
高田馬場は、江戸時代、馬場(弓馬の訓練場)があった。高田は諸説あるが、隣村が高田村であったことに由来するらしい。

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10:48 高田馬場

 

高田馬場と言えばBIG BOX手塚治虫

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 16.新大久保
大久保は、小田原北条氏の家臣に大久保姓の者がいて、この地を領したことに由来するらしい。単に窪地があったという説もある。

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 11:08 新大久保

 

 新大久保と言えばコリアンタウンと言うことで寄り道。たくさん人が来ていました。

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 17.新宿
江戸時代に甲州街道沿いの内藤家下屋敷の一部が上地され、新たにできた宿場。内藤新宿の名が簡略化し新宿となった。

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 11:39 新宿

 

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新宿の目

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思い出横丁

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 モード学園コクーンタワー

 

18.代々木
戦国時代にもあった地名。この地に、50メートルにもなる樅(もみ)の大木があり、代々この地にある木と言う意味で代々木と呼ばれたらしい。元の木は枯れて焼失したが、明治神宮内の同じ場所に植え直した代々木がある。

 

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11:56 代々木

 

代々木〜原宿へ

明治神宮の境内を歩いていきました。緑が多くほっとします。

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代々木 発見。

 

19.原宿
原宿は、鎌倉から奥州へ通じる鎌倉街道沿いにあった村で、宿駅が置かれていたことが地名の由来。

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12:20 原宿

 

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竹下通り、凄い混雑、歩けない。

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 五輪橋

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代々木競技場

 

20.渋谷

神奈川県大和市の渋谷にいた一族が、この地域を領地としたことが地名の由来。渋谷一族には、源頼朝に仕えた渋谷金王丸という武将がいて、渋谷駅東側の金王坂や、その南側にある金王八幡宮などに名前が残る。

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 12:51 渋谷

 

お約束の、忠犬ハチ公モヤイ像

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昼も過ぎお腹も空いたのでランチ

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カボチャとチキンのキーマカレー

 

21.恵比寿

地名は、エビスビールの工場があったことに由来。明治34年にビールの輸送のため貨物専用の「恵比寿停車場」が設置され町が発展した。

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13:28 恵比寿

 

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駅前の恵比寿像

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恵比寿ガーデンプレイス

 

ちょっと寄り道

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 エビスビール記念館

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 入り口左手に馬越恭平の銅像

馬越恭平は1844年~1933年、大日本麦酒日本麦酒、朝日麦酒、札幌麦酒の合併会社)社長。日本のビール王といわれた。

 

22.目黒
この地の目黒不動尊が地名の由来。都内には、目黒、目白の他に、目赤、目黄、目青の五色不動が存在する。

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 13:59 目黒

 

目黒〜五反田へ

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 ちょっと疲れてきた。万歩計の歩数も50,000歩近くなっている。


23.五反田
地名は、目黒川周辺の田んぼの面積(五反)が由来。大崎の小字でマイナーな地名だったが山の手線が開業され知られるようになった。

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14:15 五反田

 

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目黒川

 

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 グローイング・ガーデナー、森の守り神

 

24.大崎
大崎は、現在の目黒(上大崎)から五反田(下大崎)の地名で、現在の大崎は居木橋(いるぎばし)と呼ばれていた。

大崎の由来は不明。秩父山地から続く大地の外れであったことから「尾埼」と呼ばれていたという説がある。

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 14:30 大崎

 

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ゲートシティ大崎

 

大崎〜品川へ

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この橋が元の地名の居木橋

 

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こどもの森公園、ジュラシックパーク

 

25.品川
地名は、目黒川が、かつて品川(砂川)と呼ばれていたことに由来する。東海道の初宿となる品川宿があった。

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 15:08 品川

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 トライアングル クロック

 

品川〜田町へ

この辺り(高輪)は、江戸時代は海岸線であり水遊びや、月見の名所として人気スポットだった。

 

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山の手線の新駅予定地

 

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 高輪大木戸跡

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笹川良一記念館「世界は一家、人類みな兄弟」

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札の辻歩道橋から見る東京タワー

札の辻は、江戸時代に高札の立てられた辻道。往来が盛んだったのでしょう。

 

26.田町
徳川入府の際、田畑だった場所が、一円町屋となったので田町と呼ばれるようになった。

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 15:39 田町

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西郷隆盛 勝海舟 会見の地

 

田町〜浜松町へ

この区間も距離がありますが、あまり信号にぶつからないので歩きやすい。

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金杉橋から

 

27.浜松町
この地の名主役を遠江国浜松出身の権兵衛という者が務めたことから。

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15:58 浜松町

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 浜松町から増上寺方面を見る

 

28.新橋
江戸城の外堀に芝口一丁目から渡された橋名に由来する。

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16:23 新橋

 

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新しくないけど、NEW新橋ビル

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SL広場

 

新橋〜有楽町へ

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銀座へ向かう道

 

 29.有楽町
慶長年間(1596~1615)に織田有楽斎の屋敷があったことから。有楽斎は、織田信長の年の離れた弟。千利休に茶道を学び、利休十哲の一人に数えられる。

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16:41 有楽町

 

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ガード下の呑み屋

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数寄屋橋公園太陽の塔

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お馴染みの不二家

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交番の上の棒は、設計者が模型にマチ針を立てたところ、施工者がデザインと勘違いして作ってしまったもの。

 

 30.東京(八重洲

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16:51 東京駅

やったあ、無事歩ききった!

歩数にして、66,000歩、朝から10時間歩いて疲れましたが、脚は意外に余裕です。いい経験でした。

 

綺麗になった八重洲

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最後

八重洲は、ここに住んでいたオランダ人ヤン・ヨーステンの和名「耶楊子(やようす)」に由来。有名な話ですね。

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                                                             おしまい